サバ×サバな日々

メンタル不全により仕事からの敗走。休職というサバティカル、そしてサバイバルに向けて模索する日々のよしなしごと。

サバイバル日記Ⅱ 174日目 ものごとを成し遂げるのに必要な時間と見積もり

 さて、昨日とり憑かれたように、今後の目標が降ってきたのだが、大人ならば、本気でやるつもりならば、現実的な実行計画を検討しなければならない。はあ、それが「若い時」との違いなのかもしれない。良い意味で衝動的とか無理無茶無謀でも取り組むのが若さの特権であるならば、歳を重ねて「慎重、及び腰」になる一方で今までの経験則から「見積もりができる」のが長所でもある。

 以前の音楽の項にも書いたけれど、「学生」の頃の膨大な自由時間は圧倒的なアドバンテージだ。「勉強」していて文句を言われない、むしろ勉強や練習をすることが本分なのだから。受験勉強や基礎練習は地味なもので、時として「つまんねーな」と思うこともやらなければならない。けれど、長い時間を経て積み重ねて、後で振り返ってみると、地道にやってきたものは身になっていることが多い。子どもの頃はやっぱり「早く上手くなること」を求めるので、ちまちまとした基本練習、基礎トレは軽視しがちだ。けれど、大人になった今、「丁寧に基礎を積み上げている」のが何よりも強いことがよくわかる。特に、楽器の演奏などは、基礎技術力がモノを言うので、悪いこと言わないから、基礎トレーニングはコツコツと末永くやったほうがいい。ピアノだったらハノン(って今も使うのかな)、ヴァイオリンだったら音階練習。

 そして、ものになるための「適正な」習熟時間というものもある。もちろん、「やらない」よりはやったほうがいい。ただ、やるならば、ある程度のまとまった時間をかける必要があって、例えば運動ならば、20分以上は続けた方が脂肪燃焼や筋力づくりの面から合理的だし、ピアノやヴァイオリンの練習も30分くらいはかけた方がいいだろう。半分を基礎連、残りの半分を曲の練習としても、15分+15分だから、あっという間だ。

 最近のことだと、そろばんを去年の夏からやっているけれど、練習問題1枚(見取り算、掛け算、割り算)を全問解くのに30分近くは必要だし、実際の検定試験は30分だから、本番の臨場感を持たせるためにも、30分という区切りでやることは大事じゃないかと感じる。(今日は時間が無いから10分で見取り算だけやろう、というのも勿論ありだけれど)

 そんな中で、まず資格や試験を受けるのならば、メジャーなものならば対策講座とかもあるだろうし、「勉強時間の平均」というものを調べてみる。そうすると、例えば以前受験した基本情報技術者試験。資格の学校TACによると、目安学習時間は200時間とのこと。私の場合、2022年の4月から勉強を始めて途中全くしない時期もあったけれど、11月に受験したから7カ月。目安時間学習していたとしたら、200÷7≒28.57時間/月の学習時間だったことになる。更に、この数字を30で割ると、0.95時間になるから、土日も含めてひたすら毎日均等に勉強するならば、1日1時間勉強していた計算になる。

 同じように考えていくと、その資格や試験との親近性はあるだろうけれど、「平均学習時間」をググってみて、そこから目標達成時期までの持ち時間を計算し、割ってみれば、1日あたりの必要勉強・準備時間が分かる。社会人で働きながらとか家事育児介護をしながら準備するとなれば、「10時間/日」なんてなったら現実的ではないので、目標変更が必要になってくる。(一番の対応策は、受験期を先延ばしすることだ)

 特に、難関資格とか、受験科目数が多いものであれば、数年越しで準備が必要になるだろう(それを言えば、大学受験だって、高校1年生から3年生までの範囲を複数科目受験するわけだから、壮大な難関試験だ)。今までの職務経験や、自分の趣味特技の域から近いものであれば、準備時間は短めになるし、精神的な負担も少なめになる。(そういう意味で、自分にとって一番苦行となり得るのは金融系の資格だろう。簿記、ファイナンシャルプランナー、全部「¥」のマークを見るだけで投げ出したくなりそうだ。)

 そういうわけで、今は1週間の中の自分の「自由に使える時間」の割り出しをしている。寝たり食べたりする時間を必要以上に削ることはできないので、「フツウの生活」を送ったうえで、今まで漫然と過ごしていた時間を有効的に使いたい。自分が意識している以上に、「自由な時間」が湧いてくるのか、それが今一番の関心事だ。