サバ×サバな日々

メンタル不全により仕事からの敗走。休職というサバティカル、そしてサバイバルに向けて模索する日々のよしなしごと。

サバイバル日記554日目(湯治の原点に立ち返る)

いい銭湯ってなんだろう。

少なくとも、私にとって、街中銭湯の「いい銭湯」は居心地がいいところだ。設備がいい、とか、それだけではない。店員さんや、常連を含むお客さんが作っている店の雰囲気。平たくいえば、「また来たくなるかどうか」指数が高いところ、と言えるだろう。そのうちの一軒が、六甲にあるおとめ塚温泉だ。

おとめ塚温泉は、ワンコインで入れる街中銭湯。店の強みは、「天然温泉掛け流し」「駐車場あります」「食事もマッサージもできます」だろうか。まあ、スーパーさんではないけれど、スーパー銭湯並みの設備を整えている。

でも、私の中ではマッサージは利用したことないし、食事も今日デビューした位だし、駐車場もたまにしか使わない。

それでも足繁く通うのは、天然温泉という資源が素晴らしいのと、それ以上に、お風呂場の空間が自分好みだから、なのだろう。

例えば、マナーの貼り紙はそんなに多くはないけれど、(少なくとも女湯は)お客さんの良識によってちゃんと保たれている。時間帯にもよるだろうけれど、晩は比較的挨拶しあうおばさまたちが多いから、常連、お知り合い率が高いのだろう。だからといって、一見さん、新参の人を排除するというようなこともなく。

また、特に岩風呂の側の日だと、お風呂が広いからなのか、割と語らっている方もいらっしゃる。勿論コロナの影響があるから、大声でダラダラのお喋りはNGだけれど、そこらも節度を守って、というのはある。

つまり、おとめ塚って、和やかな社交場的な雰囲気が醸成されているのだ。そう感じるのは私だけかもしれない、けれど、少なからずの時間、おとめ塚に出入りしているので、あああの常連さんにまたお会いしたなあ、とか、顔をお見掛けする、あるいは常連さんどうしのちょっとした挨拶や会話をBGMにお湯に浸かっている、そんなひとときが、まさに「心が緩む」。

それは、どんなハイパースペックな設備でもかなわない、根源的なカタルシス空間。

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サウナもいいけれど、やっぱり、風呂の良さを、忘れてはいけないのです。

これからは、もうちょっとおとめ塚温泉に来る頻度を上げよう、と再度誓ったのであった。