昨日のキンチョーする仕事が完了してほぐれたせいか、朝から疲れが取れていなくて、一日中布団で過ごしている。
昨日は、例のミーティングで2時間弱張り付きになっていて、それが終わったら16時前。そこからその日中に片付ける仕事をやっつけたら18時。慌てて職場を飛び出て笛道場に向かう。
運が悪いことに、急いでいる時に限って御堂筋線が人身事故で止まっていた。仕方なく、JRで新大阪に向かう。それでも20時に着けたから、少しは定時より早くレッスンを終えることができたのだが、やはり出歩くのは疲労に繋がったのか。
本当は今日も鋸挽道場だったが、微熱があるので道場を休む。
布団をかぶって、本棚に置きっぱなしだった本を読む。恐らく、授業や講座の教科書とかになりそうな類の本だけど。
「アメリカのキリスト教」は、個人的永遠のテーマかもしれない。大学も、卒論のテーマも、これに紐づいている。今でこそ、べったりと研究はしないけれど、実は仕事環境も含めて、切ってもきれない縁があるのだ。
最初期にアメリカに移民した人は「宗教上の自由を求めて」だけ「では無い」という事実や、奴隷としてアメリカに連れて来られた人達がかなり初期の頃から居たこと、自分たちが宗教の自由を求めていたくせに、同調しない人には厳しい処遇を施したことなど、忘れかけていたことを読みながら反芻する。
そして、触発されて、この本を読んでみるか、と思い立つ。