サバ×サバな日々

メンタル不全により仕事からの敗走。休職というサバティカル、そしてサバイバルに向けて模索する日々のよしなしごと。

381 父親の見舞いに行く

 妹から、木曜日の晩に「訪問医の先生が『今週末に会わせたい人がいるなら会っておいてください」って言ってたよ」と連絡してきて、私の中では「うーん、来週(23日)行くしなあ」と思っていたのだが、相棒が「やっぱり、今週末行っといたほうがいいんじゃね?」というので、二人で実家に向かうことになった。

 今年に入ってから数回帰省しているので、飛行機の使い方も学習してきた。安いのと、フレキシブルなのは別だ。今回はたまたま時間帯が良かったのか、特典航空券で行きは確保できた。

 羽田に行く時は9時のフライトがベストだということも学習した。10時のフライトは大概出発が遅れるのだ。今回も9時を洗濯したので、予定通りでスッと動くことができた。リムジンバスでの移動はやめて、京急で横浜方面に出て、横浜線に乗り換えることにした。途中の町田でどのみち乗り換えるので、そこで昼食。小田急の駅からほど近いゴチャついた界隈で、昔ながらの洋食屋でランチをいただく。

そこから更に小田急で移動。一旦実家に行ってから、15時前に父親のいる施設に向かった。

既に妹から誤嚥性肺炎の一件も聞いていたので、「かなり弱っている」ということを前提にしてはいたものの、1ヶ月前と打って変わっての状態だった。相棒は1ヶ月前も見ていないので、更に驚いたことだろう。

話ができるかと思ったら、もう向こうから話しかけるのは難しい状態のようだった。それでも来る前に読んだ本によると、「最期までこちらからの呼びかけは気づいているから、話しかけたり手を握ってあげるとよいでしょう」と書いてあったので、そうすることにした。というか、そうするしかできなかった。

今月の頭から呼吸が難しくなっていて、呼吸苦を和らげるための薬(貼り薬)も使いながら、酸素吸入もしている状態になっていたが、酸素はVol.4までしか入れることができなくて、最初1.5から始めた吸入がこの日は既に3になっていた。ちょうどその前の日訪問医の先生も状態を見ていて、「これ以上酸素吸入を強くできないから、そうなると酸素マスクですかねー」と心配していて、ただ、本人はそういうのに難色を示しているらしい…

時々、胸の辺りを掻きむしるような仕草をしていたのは、苦しさ故だろうか。

とりあえず、明日の朝も訪問する心積りにしていたので、「また明日ねー」と言って施設を出たが、それが生きている父親との最後の別れになった。