2019年最後の日になった。
思えば1年間、長かったような短かったような…どっちなんだろう。
2019年は、サバ生活、引きこもり真っ只中からのスタートだった。
正直、2018年12月まで「よくもった」と思っていた、思っているところもある。
1月は「何も考えられない、考えたくない」という、自分の周りはブラックホールのような無限に吸い込まれそうな虚無感からのスタートだった。
「ようやく、『あの』空間に行かなくていい、居なくていい」という安堵感はあったけれど、正直誰にも会いたくないし、何をしたらいいのかも分からず…という日々が続いた。
ひとつの転機はやはり4月に職場復帰したこと。
そして顔見知りが多く、かつポジティブな人間関係が保てる人が多い、というのは大いに救われた。
かつ、仕事内容も過去に関わっていて「なんとなく分かる」ものがそれなりに有ったので、5月位までは「仕事をすることへの慣れ」にヨロヨロしつつも、なんとか「初心者ランナー」レベルで仕事人生活を再スタートさせた。
8月から10月は仕事上で「初めてのこと、自分一人でどうにもならない(=相手方が思うように動いてくれない)こと」が続き、正直また奈落に落ちていく可能性もあるか、とも考えた瞬間がある。
けれど、夏休みに1年ぶりにベルリンを訪問できたこと、そこでリフレッシュできたのは前進だと思う。
本当に、コケるまでは、暇があれば、というより、ヒマを作っては弾丸で海外に出ていた。生活のモチベーションが旅行だったと言ってもいい。
今は、まだ弾丸で何処かに行きたいと思えるほどの元気は無い。逆に言えば今は旅行に向かっていたエネルギーが別の方に向かっているからだろう。
ひとつはうつ状態が完全に無くなったわけではなく、まだ投薬治療が続いているので、その症状との対峙。やっぱり、以前に比べてパフォーマンスは完全回復していなくて、判断とか決断には時間を要する(それ故に旅行に行こう!という思い切りがつかないのかも)。本当は、こういうコンディションならば、大金を使うとか状況が大幅に変わるような決断はどんどん先送りにしておく方が良いのだろう。幸い、2019年にはそういうシーンは殆ど無かったのが幸いだ。
そして、2019年、銭湯とサウナとの付き合いが生活の中心になったのは大きい。今でこそすっかり「ニュウヨーカー」と周辺の人々に認知されているし、余暇=ニュウヨーク出張している人」というイメージで日々過ごしているが、本当に銭湯にはお世話になっている。
「湯治」というのは温泉のみにあらず、銭湯に行って大きなお風呂にゆっくりと浸かっているだけで、カリカリした気持ちが解れていく、その時間を持つことがとても重要だということに気付かされた。
しんどいこともあったけれど、まあ、なんとかここまでやってきた。
来年はもう少し、良い年になるだろう。
とりあえず、夏にフィンランドに行ってみたい。本場のサウナを体験してみたいから。
それと…できれば、通院日記を「終」にできる日が来ることを期待している。
皆さんにも、よい1年が訪れますように。