サバ×サバな日々

メンタル不全により仕事からの敗走。休職というサバティカル、そしてサバイバルに向けて模索する日々のよしなしごと。

サバイバル日記358日目(周囲がどうあれ、桜の季節はやってくる)

行き帰りの道中、桜が何本か植えてあるところがある。並木、というほどではないが、数本並んで植えてあるだけで、盛りのころはそれなりに見栄えがいい。

ここ最近の陽気のおかげで、そろそろ花が開き始めた。まだ「開花」レベルだろうか、あるいは「2分咲き」だろうか。とてもじゃないけど「三分」ではなさそうだ。

 

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そういえば、2年前はこの桜の下を失意の中歩いた。

誤解を恐れずに言えば、文字通り「一刻も」早く置かれた運命から遠ざかりたかった。

1年前は、まだ社会復帰していなかったので、正確には「この木」の傍を通った記憶は殆どない。4月を過ぎ、葉桜になった頃に、まともな「シャカイジン」ができるかおっかなびっくり行って帰ってしていたおぼろげな記憶が蘇る。

 

そういえば、今年は入学式なんかも中止したり保護者抜きだったりと、いつもとは様相が違いそうだ。

入社式の後のどんちゃん騒ぎも、花見も、コロたんのせいで自粛だろう。

なんだろう、「自粛」って。

「自分で」「粛する」んだから、強制じゃないから、それで自分にとって楽しくない、宜しくないことになっても、「自分で」責任を取らないといけない。

責任ってなんだろう、とか言い出すとキリがないけれど、要は今、コロたんのせいでお上が休校だ移動の制限だと言っているけれど、それって強制力あるの、実効力あるの、というのが気になる。

正直、先週末の大阪からの「兵庫ケンミン大阪来んな」はとんだとばっちりだ。一応、兵庫ケンミンとして声を大にして抗議しよう。普段から通勤通学や定期的な所用で、特に阪神間や神戸に住まう人なんかは大阪との間を頻回往復しているだろう。それで「状況が劇的に変化している」わけじゃないのだから、「大阪来んな」は、兵庫ケンミンをバイキン扱いしたも同然だ。由々しき人権侵害だわ、まったく。

本当の感染者を増やさないためには、「カラオケやパチンコ屋や居酒屋の営業を縮小、停止」するのが本筋でしょうが。(「政治的」判断で、そう言えないが故の「大阪来んな」だけに、ますます腹が立つ)

とまあ、ダークな毒を吐いていてもハッピーではない。

無理にハッピーになる必要はないが、この季節は黄砂や花粉にまみれながらも、なんだかんだ言って「前向きに」なれるのだ。自然の摂理だろうか。

桜が咲いてきたので、そっから10日ほど、「ひとりで花見」を楽しもう。これならだれにも迷惑はかけない、かからない。